2008年05月09日
鯉のぼりの季節になると亡くなった父親を思い出します。
私の息子が生まれた時、父は鯉のぼりを上げると張切っており、ファミリーセンターで滑車を購入して、山から竹を切って来ると言っていました。
ところが、かねてから肺を患っており、その頃は酸素ボンベを持ち歩く生活でした。
ある日、実家に帰ったとき100メートルを全力で走り切った後の状態の息。
その状態がずーと続いているのです。
母親が入院をすすめても頑固な父親を説得できないみたいでした。
私は即、救急車を呼び緊急入院。
私も妻の出産や、長女、次女もいたためになかなか見舞いに行けない状態でした。
息子が生まれてからは、父親の入院している病院に何回も足を運びました。
入院中はかなり体調がいいらしく顔色もよく家に帰りたいと言い出しました。
私もですが、父親自身 それは自分の命を削ることは当然わかっていました。いろいろ考えた結果、家で静養するという事になり私の息子、つまり孫の初節句は家で父親の寝ているベッドの脇に親戚が集まってくれました。ふだん声も出せないほどの体だったのですが、その時はニコニコしながら乾杯の音頭をとってくれました。
そしてその月に亡くなったのです。
後から思うと私の息子の誕生が逆に父親の命を縮めたのかなぁ・・・
鯉のぼりをみると、この頃の事を思い出します。
息子は四月で一年生、きっと父も孫の成長を見守ってくれていると思います。
私の息子が生まれた時、父は鯉のぼりを上げると張切っており、ファミリーセンターで滑車を購入して、山から竹を切って来ると言っていました。
ところが、かねてから肺を患っており、その頃は酸素ボンベを持ち歩く生活でした。
ある日、実家に帰ったとき100メートルを全力で走り切った後の状態の息。
その状態がずーと続いているのです。
母親が入院をすすめても頑固な父親を説得できないみたいでした。
私は即、救急車を呼び緊急入院。
私も妻の出産や、長女、次女もいたためになかなか見舞いに行けない状態でした。
息子が生まれてからは、父親の入院している病院に何回も足を運びました。
入院中はかなり体調がいいらしく顔色もよく家に帰りたいと言い出しました。
私もですが、父親自身 それは自分の命を削ることは当然わかっていました。いろいろ考えた結果、家で静養するという事になり私の息子、つまり孫の初節句は家で父親の寝ているベッドの脇に親戚が集まってくれました。ふだん声も出せないほどの体だったのですが、その時はニコニコしながら乾杯の音頭をとってくれました。
そしてその月に亡くなったのです。
後から思うと私の息子の誕生が逆に父親の命を縮めたのかなぁ・・・
鯉のぼりをみると、この頃の事を思い出します。
息子は四月で一年生、きっと父も孫の成長を見守ってくれていると思います。
この記事へのトラックバックURL
ボットからトラックバックURLを保護しています
2008年05月07日





命を縮めただなんて思わなくていいよ